邪道と呼ばれた日もあった。日本に「クレープ文化」が根付くまでの歴史を辿る (3/4ページ)

Japaaan

クレープの見本が並ぶディスプレイ(イメージ)

また、クレープの発展史を紐解く上で見逃せないのが、カフェ・クレープが1977年に竹下通りに出店したブルーベリーハウスです。

1979年のこと、ブルーベリーハウスでアイス最中をヒントにしてクレープにアイスクリームを入れてみたところ、これが大当たり。そこから生クリームやフルーツもバリエーションに加わり、日本式クレープとして定着していったのです。

「邪道」か「創作系」か

このように見ていくと、日本のクレープ文化というのは竹下通りで誕生したと言えるでしょう。そしてその大きな流れを作ったのはマリオンクレープとブルーベリーハウス(カフェ・クレープ)だったことが分かります。

ちなみにブルーベリーハウスが日本で最初に作った「アイス盛りクレープ」は、今では何ということのないトッピングですが、最初は温かいものと冷たいものを組み合わせるということで邪道な食べ物だと言われたとか。

そこでバリエーションを増やし、フルーツや生クリームを加えるメニューも増やし、アイスはあくまでもメニューの一種に過ぎないものとして位置づけられました。

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