和菓子?洋菓子?みんな大好き「カステラ」の歴史に迫る!実はアノ料理との関係も… (2/3ページ)
私たちにとって馴染み深いあのカステラの味わいは、長崎の菓子職人が独自に研究・改良を重ねて生みだされた味だと言えるでしょう。
長崎市の本大工町に初代山口屋貞助が店を構え、砂糖漬けやカステラを作り始めたのは1681年(天和元年)のこと。
その後、カステラが日本中に広まったのは、17世紀後半になってからです。それまでは主に長崎で盛んに作られていたカステラが、評判の長崎土産として全国へと伝わっていきました。
他の食べ物との関係もちなみに、1719年(享保4年)に書かれた西川如見の『長崎夜話草』では、長崎土産の南蛮菓子の一種としてカステラが挙げられています。この頃にはもう著名な土産物品だったのでしょう。
実際、江戸時代中期頃にはカステラは江戸城でも日本の菓子として認知されており、勅使の接待などで提供されていたようです。おそらく当時は高級な和菓子として扱われていたのでしょう。
その後は、さらに日本国内の各地域で特徴的なカステラが開発されていきました。会津若松の会津葵、愛媛県のタルト、島根県の八雲小倉、長崎市の桃カステラなどを思い浮かべる人も多いでしょう。