明治維新の超大物政治家・山県有朋の人と業績を探る【後編】~地方自治制度と日本初の総選挙・国会審議~ (3/3ページ)

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政府はこの時、解散することも考えていました。しかし第一回目の議会からいきなり解散では、諸外国から、日本での立憲制はまだ早いのではないかと思われてしまう懸念があったようです。他にも、欧米以外でも議会を開いた国としてトルコがありましたが、そこではたちまち解散する羽目になっており、こうした事態は何としても防ぎたいところでした。

国会で予算案を通すこと自体は、今の視点で見ると当たり前のようですが、当時の世界情勢に照らし合わせると快挙と言って差し支えない成果でした。日本初の総選挙と国会を成功させて、文明国として世界に認められるための大きな一歩となったのです。

これは山県だけの功績ではなかったと言えます。反政府政党・政派も「国会の成功」は悲願であるという気持ちを共有しており、審議の落としどころや妥協点を誤らずに済んだことが大きかったと言えるでしょう。

参考資料
八幡和郎『歴代総理の通信簿』2006年、PHP新書
宇治敏彦/編『首相列伝』2001年、東京書籍
サプライズBOOK『総理大臣全62人の評価と功績』2020年

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