阪神vsオリックスも最高潮!大谷翔平、長嶋茂雄、清原和博…プロ野球「日本シリーズ」伝説の激闘&事件“舞台裏20” (4/6ページ)
阪神へコーチで行ったときも、野村さんは“あれは広沢のバカが”とボヤいてたしね(笑)」(伊原氏)
92年が森西武の最高到達点だったとすれば、95年は野村IDの全盛期だ。
難敵イチロー(50)に対して仕かけた、メディアを巧みに使う野村流の心理戦は、今もなお語り草だ。
「打者なら誰もが苦手な内角高めが弱点と吹聴することで、イチローをあおったわけです。プライドを傷つけられた彼は、当然、そこに執着する。第5戦で、ブロスの内角高めを本塁打にしたのはさすがでしたが、キーマンをわずか5安打に抑えた“ID野球”の完勝でした」(スポーツ紙デスク)
むろん、これらは短期決戦だからこそ有効だった奇策のたぐい。
「イチローに攻略法などなかった」と言う伊原氏は、こう続ける。
「野村さんのしたたかさは見事と言う他ないけど、もし当時のセ・リーグに彼がいたら、ヤクルトもたちまち対処されて、いいようにやられていたはずだよ。当時の彼には、本当に打つ手がなかったからね」
■最初で最後のON監督対決
そして、00年にはミレニアムにふさわしく、最初で最後のON監督対決も実現。
かつて巨人の監督を追われた身でもある王監督にとっては、「巨人に勝って日本一になる」ことが、宿願だった。
「敵地・東京ドームで連勝するも、本拠地・福岡で痛恨の3連敗。第6戦にも大敗して、ON対決はミスターに軍配が上がりました」(スポーツ紙デスク)
その日の試合後のことだ。
「職員が深夜になっても照明の灯る三塁側の関係者ルームを覗くと、王さんは着替えもせずに一人残って物思いにふけっていたとか。