関ヶ原の戦い後、敗れた西軍にもかかわらず領地の加増を受けた2人の大名は誰? (3/4ページ)

Japaaan

池田輝政に救われた山崎家盛

家盛の義兄・池田輝政/Wikipediaより

次に紹介する人物は、山崎家盛(やまざき-いえもり)です。

家盛の父・山崎片家は、六角や織田、明智と転々とした人物で、天正10年(1582)の山﨑の戦いで明智光秀が討たれると、秀吉に降伏。

その後摂津国三田城主(現在の兵庫県三田市)として2万3000石を与えられています。

天正19年(1591)に片家が亡くなると、嫡男の家盛が三田城主として家督を継承しました。

石田三成/Wikipediaより

関ヶ原の戦いでは、石田三成の挙兵を下野国小山(現在の栃木県小山市)にいた家康に報告するも、三成からの催促を受けて西軍に加勢。

細川幽斎が守る田辺城攻めに赴きますが、東軍に内通しているために戦うことなく帰路につきました。

戦後は西軍に与したことで改易処分を下されます。

「関ヶ原の戦い後、敗れた西軍にもかかわらず領地の加増を受けた2人の大名は誰?」のページです。デイリーニュースオンラインは、片桐且元山崎家盛戦国大名関ケ原の戦い戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る