関ヶ原の戦い後、敗れた西軍にもかかわらず領地の加増を受けた2人の大名は誰? (4/4ページ)

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しかし、義理の兄である池田輝政(家盛の正室は池田恒興の娘)の尽力や三成挙兵の報告をした功績から所領安堵となりました

そして、因幡国若桜城(現在の鳥取県若桜町)への転封により、7000石の加増を受けます。その結果、家盛は3万石を有する大名となりました。

最後に

西軍に与したにも関わらず、加増を受けた片桐且元と山﨑家盛の2人。且元は豊臣とのパイプ役を期待されて、家盛は輝政の助力によってと異なる事情で加増を受けました。

家盛は棚から牡丹餅のような印象を受けますが、仕方なく西軍に与したことを考慮されていたと思われます。

且元にいたっては、最後まで豊臣と徳川両家の関係を調整していたので、処分するには惜しいと思ったのかもしれません。

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