花山天皇の女御(おんな)たちは早逝した藤原忯子だけじゃなかった!それぞれの生涯をたどる【光る君へ】 (2/5ページ)
※合わせて読みたい:
即位式の玉座で性行為…即位後に性欲爆発した「花山天皇」が2年で退位させられるまでの生活【大河ドラマ 光る君へ】 見事に騙された!平安時代、花山天皇はなぜ即位わずか数年で退位させられたのか?「寛和の変」に迫る 花山天皇の女御・婉子女王天禄3年(972年)生~長徳4年(998年)9月17日没
婉子女王(えんし/つやこじょおう)は為平親王と源高明女の間に誕生しました。
村上天皇の孫娘に当たり、おばに源明子(めいし/あきらけいこ。藤原道長の側室)がいます。
寛和元年(985年)に入内。最初は花山天皇から寵愛されたものの、すぐ飽きられてしまったようです。
彼女自身に何かあったのか、あるいは藤原忯子以外は目に入らなくなってしまったのかも知れません。


