「錦の御旗」は戦況に関係なかった?鳥羽・伏見の戦いで「錦の御旗」がもたらした本当の影響とは?【後編】 (1/4ページ)

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「錦の御旗」は戦況に関係なかった?鳥羽・伏見の戦いで「錦の御旗」がもたらした本当の影響とは?【後編】

実は手作りだった「御旗」

【前編】では、鳥羽伏見の戦いにおいて掲げられた「錦の御旗」が、実は戦場の大勢には大きく影響しなかったことを説明しました。

「錦の御旗」は戦況に関係なかった?鳥羽・伏見の戦いで「錦の御旗」がもたらした本当の影響とは?【前編】

【後編】では、この錦の御旗がおよぼした本当の影響とは何だったのかを見ていきましょう。

鳥羽伏見の戦いで錦の御旗を与えられたのは、征討大将軍として任命されていた小松宮彰仁親王です。

上野公園の小松宮彰仁親王像

ところで、最近は比較的知られるようになってきましたが、実はこの時の錦の御旗は正式なものではありませんでした。

本来なら、錦の御旗は天皇から下賜される(与えられる)ものです。しかし鳥羽伏見の戦いで戦地に投入されたのは、薩長のメンバーの手作りでした。

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