「光る君へ」の清少納言(ききょう)実はすでに人妻で子供もいた!息子・橘則長はどんな人物?その生涯をたどる (2/4ページ)

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母の才知を受け継ぎ、実務面を支えた能吏

橘則長(イメージ)

橘則長は天元5年(982年)、清少納言とその先夫・橘則光(のりみつ)の間に誕生しました。

大河ドラマで言えば第1回放送から第2回放送の間ですね。

異母兄弟には橘季通(すえみち)・橘光朝(みつとも)・橘好任(よしとう)らがいます。

母の才知を受け継いだ(父はどちらかと言えば無骨な人物でした)則長は、若くして文章生(漢学専攻学生。進士とも)となり、やがて讃岐掾(さぬきのじょう)に任官しました。

讃岐掾とは現代の香川県に当たる地域の国司。その三等官(じょう)です。

県知事を守(かみ。一等官)、副知事を介(すけ。二等官)とすれば、掾は部長クラスでしょうか。

やがて寛仁元年(1017年)に天皇陛下の側近見習いである非蔵人(ひくろうど)となります。

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