学問の神様・菅原道真が大左遷!そして怨霊に…そのきっかけを作った事件「昌泰の変」とは? (1/3ページ)
今でも、「学問の神様」として多くの受験生や学業にはげむ人々の心のよりどころとなっている菅原道真(すがわらのみちざね)。実際に筆者も、高校3年生だったときに、友人から太宰府天満宮のお守りをプレゼントしてもらったことがありました。
菅原道真が学問の神様と言われていること自体は非常に有名ですが、そもそも、なぜ彼が京都から遠い大宰府に行くことになってしまったのか、知っていますか?実は、彼は一種の政治争いに巻き込まれてしまったのです。
そこで今回の記事では、菅原道真が太宰府に流されることになった「昌泰の変(しょうたいのへん)」について詳しく解説していきたいと思います。
※関連記事:
怨霊と恐れられた菅原道真が「学問の神」へと神格化。