天皇にキレた平安貴族・藤原基経!たったひとつの言葉をめぐり天皇が謝罪「阿衡の紛議」とは? (1/3ページ)

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天皇にキレた平安貴族・藤原基経!たったひとつの言葉をめぐり天皇が謝罪「阿衡の紛議」とは?

みなさんは、普段どれくらい「言葉」を意識しているでしょうか?筆者はライター・校正者として日々言葉と向き合っていますが、ちょっとした言葉の言い回しや表現の仕方で、相手に与える印象が変わることがあると感じています。

また、近年ではSNSなどのちょっとした書き込みが思わぬ誤解を呼び、「炎上」するなんてことも多くありますよね。

今回の記事では、そんな「言葉」をめぐって起きた「阿衡の紛議(あこうのふんぎ)」(=阿衡事件)という出来事を紹介します。

いったい、どのような言葉が問題となったのでしょうか?

阿衡の紛議(阿衡事件)の背景

阿衡の紛議にかかわる重要な人物としては、藤原基経(ふじわらのもとつね)と宇多天皇(うだてんのう)が挙げられます。

菊池容斎『前賢故実』の藤原基経(Wikipediaより)

藤原基経は藤原良房(皇族以外で初めて摂政の座につき、藤原北家全盛の礎を築いた人物)の養子です。良房亡き後は、清和天皇・陽成天皇・光孝天皇・宇多天皇の四代にわたって仕えました。ちなみに、光孝天皇を立てる前には、暴虐として知られた陽成天皇を廃しています。

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