裏切りや寝返りが続出!幕末期の東北・北陸諸藩による「奥羽越列藩同盟」が呆気なく消滅してしまった理由 (1/4ページ)

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裏切りや寝返りが続出!幕末期の東北・北陸諸藩による「奥羽越列藩同盟」が呆気なく消滅してしまった理由

奥羽越列藩同盟の結成

幕末期に、東北・北陸の諸藩が同盟を結んで新政府軍と戦った奥羽越列藩同盟というのがあります。この同盟は、歴史に詳しい方ならご存じでしょう。

この同盟は今までは諸藩が一致団結していわば「ワンチーム」となって戦ったようなイメージがあります。しかし実際にはそうではなく、同盟そのものが半強制的だった上に裏切りも相次いだという代物でした。

そのあたりの経緯を説明しましょう。

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まず、当時の会津藩と長州藩の関係を知っておく必要があります。新政府軍の主力だった長州藩は、もともと会津藩に恨みがありました。松平容保が攘夷志士を何人も摘発していましたし、政変によって京から長州を追い出した経緯などがあったからです。

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