なぜ中関白家と呼ぶ?「香炉峰の雪」の元ネタ、蔓延した疫病の実際…大河ドラマ「光る君へ」4月21日放送振り返り (8/8ページ)

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正暦5年(994年)4月から7月にかけて、京都の人口は半分になってしまったと言いますから恐ろしいものです。

第17回放送「うつろい」

さて、年は明けて長徳元年(995年・正暦6年)。疫病の猛威は依然として収まらず、高貴な人々も次々に倒れていきました。

大納言・藤原朝光:3月20日没(45歳)
大納言・藤原済時:4月23日没(55歳)
右大臣・藤原道兼:5月8日没(35歳)
左大臣・源重信:5月8日没(74歳)
中納言・源保光:5月9日没(72歳)
中納言・源伊陟:5月22日没(58歳)
大納言・藤原道頼:6月11日没(25歳)……道隆の庶長子

そして関白の藤原道隆も4月10日に病死してしまうのです(疫病とは無関係の模様)。

政府の高官が相次いで世を去ったことから道長に摂政の座が回ってくるのですが……果たしてそこまでやるでしょうか。

来週も急展開が予想されるので、眼が離せませんね!

トップ画像:「光る君へ」公式サイトより

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