毛利元就、宇喜多秀家と並んで中国の三大謀将と呼ばれた尼子経久(あまご-つねひさ)。
他にも謀聖や雲州の狼といった異名も持ち合わせておりますが、一度居城の月山富田城(がっさんとだじょう)を失うも意外な方法で城を取り戻しておりました。
果たして、その方法とは何だったのでしょうか。
そこで今回は、経久が居城である月山富田城を失った理由と取り戻した方法をご紹介します。
尼子経久/Wikipediaより
強引な地盤固めで城を失う
月山富田城跡/Wikipediaより
長禄2年(1458)に生まれた経久は、文明10年(1478)までに家督を父・尼子清定より継承しています。