江戸時代に始まっていた日本の近代化・工業化!明治維新の原動力にもなった産業発展の歴史を紐解く (1/4ページ)
日本の工業化は「受け身」だった?
近代日本の工業化は、明治時代になってから、外国の技術を受け入れつつ「受け身」の体勢で進められていったと考えられることが多いですね。
すなわち、江戸時代の日本は農業中心の社会だったので、工業が育ち、工場を建設するような土壌がなかった…そのため、産業革命を経て大規模な工業化が進んだヨーロッパには大きな差をつけられていた、と。
この考えは、特に重工業に限って言えばほとんど正しいです。しかし実は、軽工業に関して言えば、江戸時代後半にはすでに日本国内でも発展の兆しを見せていました。
また、工業の発展だけではなく、それに伴う社会問題も起きていたのです。今回はそうした内容を見ていきましょう。
「手作り」から「大量生産」へ江戸時代の初め頃、商品価値の高い工業品を必要としているのは富裕層に限られていました。
こうした富裕層ウケする商品を作る場合については、職人が個人で作る家内制手工業か、商家が農家に道具を貸して商品を作らせる問屋制家内工業でまかなうことができました。
こうした商品は、いわば「手仕事」で作られていたわけです。