小説執筆を許されるも無断欠勤!?シングルマザー「紫式部」、子育てと仕事の両立に悩む。 (4/5ページ)
しかし、式部の心は解けることなく、正月10日頃に「春の歌を奉りなさい」と中宮が直々に伝えてきたにもかかわらず、
み吉野は春の景色に霞めとも結ばほれたる 雪の下草
(吉野山には春らしい霞がかかっていますが、私は雪に埋もれたまま、芽も出せない下草のようにしています)
と頑なな態度を崩しませんでした。結局、この引きこもりは秋頃まで続くことになります。
式部の置かれた状況前出の倉本氏は「実際には、実家で『源氏物語』の執筆に専念するのが、当初からの勤務条件であったのかもしれない」としながらも、「他の女房のような雑用は比較的免除され、『源氏物語』の執筆を期待されていた立場は、当然ながら快くは思われなかったはずである」と述べています。
優遇されたことで、かえって居心地が悪くなってしまったという感じでしょうか。
そして実際、宮中ではそんな式部に対する陰口が飛び交っていたようです。『紫式部集』には、「これほど私が塞ぎ込んでしまっているのに、『ずいぶん上臈(じょうろう・身分の高い女房)ぶっている』と言っている人がいると聞いて」という詞書に続いて、
わりなしや 人こそ人と いはざらめ みづから身をや 思ひ捨つべき
(仕方がない。あの人たちは私を人並みといわないでしょうが、自分で自分を見捨てることはできないのだから)
という歌が収められているのです。