仙人に、おれはなる!大空を飛びたすぎて仙術修行にハマってしまった平安貴族・藤原友人の生涯 (2/4ページ)
仙術を使って空を飛びたかったようですが、何度チャレンジしても上手く行きません。人々の笑い者にされたことでしょう。他の仙術も試してみたのか、気になるところです。
そんな友人でも妻はいたようで、『尊卑分脈』によれば藤原息道(おきみち)・藤原良道(よしみち)という息子を授かっています。
ようやく播磨権介に
永らく鳴かず飛ばずだった友人ですが、延暦24年(805年)に39歳でようやく播磨権介(はりまのごんのすけ)に任官できました。
……從五位下藤原朝臣友人爲播磨權介……
【読み】従五位下・藤原朝臣(あそん)友人を播磨権介となす。
※『日本後紀』巻十三 延暦24年(805年)12月15日条
翌延暦25年(806年。大同元年)には播磨介(はりまのすけ)となります。
……從五位下藤原朝臣友人爲播磨介……
※『日本後紀』巻十三 大同元年(806年)1月28日条
前年の播磨権介と一字違いですが、これは員数外の名誉職(権官)から正規の役職(次官)に出世したのです。
【国司のランク】
○○守(~のかみ。長官)
○○介(~のすけ。次官)
○○掾(~のじょう。三等官)
○○目(~のさかん。四等官)
※以下、下級官人たちが続きます。
※○○には適宜国名を入れて下さい。
※守・介には定員外の名誉職である権官(権守・権介)があります。