実は目が見えていた!?奈良時代、艱難辛苦を経て来日した高僧「鑑真」の業績と作られた伝説 (1/4ページ)
超有名僧侶「鑑真」
日本ではさまざまな「像」が作られていますが、教科書では特にお坊さん(僧侶)の像が紹介されることが多いですね。
特に多く登場するのが古代から中世にかけての時代で、当時はこうしたお坊さんたちがかなりの社会的影響力を持っていたことが分かります。
中でも、鑑真(がんじん)のことはなぜか妙に強く印象に残っている、という人は多いのではないでしょうか。
小学校の教科書に登場する最初のお坊さんと言えば、奈良時代に活躍した行基(ぎょうき)・鑑真の二人です。
この二人が登場しない小学校の教科書はない、と言っても過言ではないでしょう。
今回は、鑑真に関する衝撃的な話をご紹介します。
苦難を経て来日もともと鑑真は日本の僧ではなく、中国(唐)から日本に渡来した人物です。
仏教が日本に伝来したのは飛鳥時代のことでした。しかしそれ以来、仏教の教えは民間信仰と交ざり合うことで、中国で教えられている本来の仏教とは異なるものに変質していました。
そこで鑑真は、正式な仏教の教えを日本の僧たちに伝えて、仏教を正しく理解する人材を育成しようとしたのです。
こういった経緯は知らなくても、彼が日本に来るまでに五回も渡海に失敗したというエピソードは、多くの人にとって強烈に印象に残っているのではないでしょうか。
実際、鑑真は日本へ来るにあたりかなり苦労したようです。