俗説と誤解に満ちた室町時代の歴史イメージ!金閣は国宝ではない?銀閣に銀箔は貼られていない? (3/4ページ)
銀閣寺と呼称されている寺院は、正式名称を慈照寺といい、禅宗(臨済宗相国寺派)の寺院です。その寺院の建物の一つである観音殿が、銀閣なのです。
そもそも、もともとの名称は銀閣ではありませんし、寺ですらありませんでした。足利義政の東山殿(山荘)だったのです。
北山の金閣に相対するものとして江戸時代から銀閣と呼ばれるようになっただけで、よって銀箔も貼られていません。
銀箔の有無については、金閣に金箔が貼られているのでどうしても勘違いされがちですが、当該建物に銀箔が貼られた痕跡はありません。むしろ最初は漆塗りだったのではないかと考えられています。
誤解がいっぱいさらに銀箔の有無については、よく「銀箔を貼ろうとしたが、足利義政の妻日野富子が反対し、銀が没収された」などと説明されることがあります。しかしこれは俗説で、証拠はありません。
銀閣に関する誤解は他にもあります。有名なのが「足利義政は東山の山荘(銀閣)にこもって政治を顧みず、そのため応仁の乱が起こった」というものです。
実際には、東山殿が造営されたのは応仁の乱の後ですし、臨済宗の寺院となったのは義政の没後でした。