「武士」のルーツは”地方の無法者”ではない!実は朝廷や皇族と密接な関係にあった武士の実態【前編】 (2/4ページ)

Japaaan

・平安時代中~末期に公地公民制が崩れ、寄進による荘園が増加したこと
・公領に任命された国司が、徴税請負を行い自分の領地であるかのようにふるまうようになったこと
・藤原氏など有力貴族が一族などを受領に任命して、その地での収益の一部を自分の取り分にするようになったこと

これらの要因で社会が大きく変わり、武士という存在が大きな存在感を持つものと考えられるようになっていったのです。

平安時代には宇佐神宮の荘園だった「田染荘」。国の重要文化的景観に選定されている

では、武士とはどんな存在だったのか。武者の世はどうして始まったのか。武家政権とは何だったのか。

少し前置きが長くなりましたが、中世における貴族と武士たちの関係などについて、従来のイメージがどのように変わったのかを前編・後編に分けて見ていきましょう。

武士イコール無法者?

武士というと、次のようなイメージを抱いている人も多いと思います。

・東国の農民たちが自分の土地を守るために武装した。
・中央の権力が届かぬのをよいことに、地方に無法な集団を形成していた。

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