「武士」のルーツは”地方の無法者”ではない!実は朝廷や皇族と密接な関係にあった武士の実態【前編】 (4/4ページ)

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このように、畿内・近国にいながらにして朝廷の武官となった武士たちは武者と呼ばれていました。

こうした武者たちはもともと貴族である場合も多く、「文」ではなく「武」で仕える存在として昔から存在していました。

古くは飛鳥時代の阿倍比羅夫、平安時代初期の坂上田村麻呂、そして藤原純友の乱を鎮めた小野好古などは、武官としての官位を授かっています。

坂上田村麻呂公が祀られている田村神社(滋賀県)

そして彼らの中には、貴族に仕えて公家の家政や護衛を担った者たちもいます。これが貴族の身辺に侍る者としてと呼ばれるようになりました。

畿内で藤原氏に仕えて勢力を拡大した河内源氏や、院の警固で北面の武士として活躍した伊勢平氏などがその代表例といえるでしょう。

次回の【後編】に続きます

参考資料:浮世博史『古代・中世・近世・近代これまでの常識が覆る!日本史の新事実70』2022年、世界文化社

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