「武士」のルーツは”地方の無法者”ではない!実は朝廷や皇族と密接な関係にあった武士の実態【後編】 (1/3ページ)

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「武士」のルーツは”地方の無法者”ではない!実は朝廷や皇族と密接な関係にあった武士の実態【後編】

再編成された「武者」たち

【前編】では、いわゆる「武士」たちの祖は無法者による武装集団だったとは限らず、貴族にまでルーツを辿ることができる人たちもいたということを説明しました。

「武士」のルーツは”地方の無法者”ではない!実は朝廷や皇族と密接な関係にあった武士の実態【前編】

教科書では、「平将門・藤原純友の乱」「平忠常の乱」「前九年合戦(前九年の役)」「後三年合戦(後三年の役)」については、貴族たちが武士に頼らなければ武士の力を抑えられなくなった、と説明しがちです。

前九年合戦をきっかけに創建された鶴岡八幡宮

しかしことはそれほど単純ではありません。これらの戦乱を通じて、朝廷は逆に従来の軍制を再編強化することになりました。

もともと朝廷とは関係がなく、独自の勢力であった武士たちを帰属させて、朝廷の軍事力の回復を図っていったのです。武士の体制内化が進んでいったということですね。

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