愛娘・彰子が生贄に!暗雲たちこめる夫婦仲、石山寺でまさかの道長!「光る君へ」6月30日放送振り返り (3/6ページ)

Japaaan

ほか実行犯が寺院の荘官たちで、藤原良信が源孝道の郎党であったことから、恐らくは国司と荘園の利権争いだったのでしょう。

この時、宣孝は山城守として京都にいたため直接の関係は薄いと思いますが、自分の利害が絡んでいるため全く無関係ではありません。

劇中では豊かな富を誇示していましたが、国司を歴任するだけでなく、こうした利権抗争の戦果でもありました。

やんごとなき平安貴族たちも、綺麗事だけでは生きて行けなかったようです。

田鶴が習っていた迦陵頻(かりょうびん)の舞って?

『阿弥陀経和訓図会』より、迦陵頻伽(上)

田鶴(後の藤原頼通)が道長に披露しようとしていた迦陵頻(かりょうびん)の舞。あれだけ見ても、何のことかよくわかりませんね。

迦陵頻とは雅楽の一演目で、極楽浄土に棲むと言われる霊鳥・迦陵頻伽(かりょうびんが。kalaviṅka)に由来します。

迦陵頻伽とは上半身が人間、下半身が鳥という姿をしており、その美しい鳴き声は卵から孵る前より響くのだとか。

童子四人で舞われる様子は、さぞ可愛いことでしょう。

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