実は日本を攻撃する気はなかったペリー提督!「交渉」から「恫喝」に切り替えてまで開国を急いだ理由 (2/5ページ)

Japaaan

ペリー艦隊来航記念碑(下田)

実際、ペリーは幕府に無断で江戸湾を測量し、国書の受け取りを拒否すれば武力行使も辞さないと浦賀奉行を脅迫しています。さらには江戸城に向けて空砲も放っているのです。

こうした攻撃的な態度から、「ペリーは粗野で好戦的な人物だ」という印象を持つ人も少なくないでしょう。

確かに、ペリーが武力を背景に日本を開国させたことは事実ですし、琉球占領を視野に入れるなどの手荒な手段も考えていました。

当時の大統領から「交渉はできる限り穏便に」と命令を受けていたにもかかわらず、ペリーは日本を恫喝しているのです。

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