奈良時代の聖武天皇は引っ越しがお好き?風変わりな天皇が遷都を繰り返した目的は何だったのか? (2/3ページ)
それでも遷都を繰り返したのは、今までは藤原広嗣の乱への恐怖が原因だとされてきました。
藤原広嗣の乱は無関係大宰府に左遷させられていた藤原広嗣は、天変地異の理由を政治の乱れにあると聖武天皇に上表。唐への留学経験のある玄昉と吉備真備を除くよう主張します(『前賢故実』国会図書館所蔵)。
また、度重なる天変地異の原因が政治の乱れにあると思った広嗣は、挙兵の準備を進めました。
朝廷側が機先を制したために広嗣の軍勢は敗れましたが、この出来事に聖武はショックを受け、戦いの途中で東国へ行幸してしまいます。
戦いが終結してから幾度も遷都を行ったのも、広嗣の反乱がトラウマになったからだと言われてきました。
しかし現在、この通説は否定されています。