奈良時代の聖武天皇は引っ越しがお好き?風変わりな天皇が遷都を繰り返した目的は何だったのか? (1/3ページ)
風変わりな天皇
聖武天皇(しょうむてんのう)は、中国大陸から仏教文化や技術を積極的に受け入れた天皇です。
東大寺の大仏造営を主導したのも、聖武です。その目的は、仏教の力で国や朝廷の安泰を祈ることにありました。日本史の授業で聞いた記憶がある方もいることでしょう。
それに加えて、聖武天皇は都を幾度も変更するという風変わりな行動でも知られています。
聖武天皇は、5年の間に四度も遷都を行っています。天平12年(740)に平城京から恭仁宮(京都府木津川市加茂)へと遷ったの皮切りに、紫香楽宮(現滋賀県甲賀市信楽町)、難波宮(現大阪市)と次々に都を変更。最後は天平17年(745)に平城京へ戻りました。
遷都をすれば天皇や皇族、群臣の宮殿などを新築・移設する必要があり、国庫への負担が大きいのは言うまでもありません。同じ天皇が短期間に何度も遷都をするメリットがあるとは考えにくいです。