上杉謙信×武田信玄「川中島の戦い」で語り継がれた一騎打ちや戦術など、実は創作だらけだった? (3/4ページ)
では、信頼性のある史料に基づきながら『甲陽軍鑑』の内容も精査すると、第四次川中島の戦いはどういった経緯で進んだといえるのでしょうか。
合戦時、川中島には濃霧が発生していたと、複数の史料に記録されています。もしかするとそんななか、双方の軍が進軍先を見誤って偶然に接近したのかも知れません。こうした不測の事態により大乱戦になったと考えることができます。
ちなみにこの戦いでの両軍の死傷者は、あわせて2万5000人以上と言われています。数字を鵜呑みにはできないものの、激戦の末に多くの死傷者が出たことも間違いないのでしょう。
川中島以外も戦場だった戦場についても、厳密には「川中島の戦い」とは呼べないところがあります。
現在では、川中島周辺の戦いも含めた5回にわたる合戦を川中島の戦いと呼ぶことが多いです。