日本史上屈指の偉人・聖徳太子の実績を全否定!『日本書紀』によって歪められた人物像【前編】 (2/4ページ)

Japaaan

※あわせて読みたい!

あの史実も予言していた!歴史上もっとも謎だらけの男「聖徳太子」が残した予言とは?

国益維持のための聖徳太子の秘策とは?「遣隋使」は隋との交流だけが目的ではなかった

詳しい内容は忘れても、多くの人が、このような大まかなイメージで捉えていることでしょう。

しかし、こうした評価は近年急速に変化しています。

極端なものでは、聖徳太子は実在の人物ではなかったという説がありますね。

しかしここでは、もう少し地に足がついた新説として、冠位十二階は聖徳太子ではなく、他の豪族もしくは天皇が大陸の制度を参考にしてつくったものだと考えられるようになったという説などをご紹介しましょう。十七条の憲法の制定についても、聖徳太子の関与を疑う意見があります。

研究の進展により、聖徳太子は国政の主導者ではなく、国政の協力者として評価する向きが強くなっているのです。

そもそも「聖徳太子」ではなかった

まず、呼称の話から入りましょう。ご存じの通り、聖徳太子という呼び名は後世の創作です。

「日本史上屈指の偉人・聖徳太子の実績を全否定!『日本書紀』によって歪められた人物像【前編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、聖徳太子日本書紀カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る