戦前から議論されていた天皇制の是非。昭和天皇の「不起訴」を決めたのはマッカーサーではない? (2/3ページ)
しかし、そもそもGHQはポツダム宣言に基づいた占領政策を日本政府に実施させる機関であり、マッカーサーに国家元首の起訴・不起訴を独断で決める権限はありませんでした。
では、その権限は誰が持っていて、誰が昭和天皇の不起訴と天皇制の存続を決めたのでしょうか。
戦前からあった「天皇制存続論」考えてみれば当たり前ですが、その決定権を持っていたのはアメリカの議会と大統領でした。
しかしこのあたりが歴史のトリビアでもあります。実は、アメリカは終戦前から天皇制存続の立場を採っていました。
もともとアメリカ政府は、開戦初期から天皇制の存続に関する議論を始めていました。1942年には国務省が具体的に検討しており、この時は廃止論者が優勢だったといいます。
しかし、1943年になると存続論が優勢となり、国務省は改革を前提に天皇制を存続させる方針にシフトしたのです。
この流れで、実際に天皇制の存続が正式に決まったのは戦後のことです。
1944年2月に設置された戦後委員会では存続論が踏襲されたものの、連合国内ではソ連のように天皇制廃絶を主張する国が少なくなく、アメリカ世論も天皇の処罰を望んでいました。
1945年6月にアメリカ国内で実施された調査によると、天皇の処罰を望む声は約60%強。