徳川家は明治維新後どうなった?将軍・徳川慶喜に代わり、わずか4歳で徳川家を継いだ「徳川家達」とは (3/3ページ)

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徳川家達(1917年)

ところが、汚職事件という政治の混乱期に首相の座について何か問題があったときに家達のみならず徳川宗家の名誉に傷がつくことをおそれた家達は、「自分は首相の器ではないから」と要請を固辞。家達の就任は見送られ、代わりに大隈重信が内閣を組織することになりました。

以後、国際連盟協会総裁、ワシントン会議の全権委員、日本赤十字社社長、第12回オリンピック東京大会組織委員会など、様々な要職を歴任し、1940(昭和15)年6月、76歳で亡くなりました。

「16代様」とも称された家達の人生は波乱に満ちたものでした。

画像出典:Wikipedia
参考:樋口 雄彦『第十六代徳川家達――その後の徳川家と近代日本』(祥伝社 2012)

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