皇女・小松女院との不倫により左遷……清少納言の兄弟とされる清原正高の生涯【光る君へ】 (1/3ページ)

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皇女・小松女院との不倫により左遷……清少納言の兄弟とされる清原正高の生涯【光る君へ】

平安文学の最高峰とも名高い『枕草子』。その作者である清少納言には、兄弟姉妹がいました。

今回はその一人・清原正高(きよはらの まさたか)について紹介。果たして彼はどのような人物で、どのような生涯をたどったのでしょうか。

皇女との密通により左遷される

小松女院と語らう清原正高(イメージ)

清原正高は生年不詳、母親について詳しいことは分かっていません。

また父親についても諸説あり、清原元輔(もとすけ)ではなく別人物(清原有雄、清原定信、定額など)とも言われます。

そもそも正高自身が実在せず、架空の人物であるとの説もあるとか。

伝承によれば、正高は少納言として朝廷に仕えていたと言います。

※もしかしたら、清「少納言」の女房名はここからとったのかも知れませんね。

しかし小松女院(こまつのにょいん。醍醐天皇の孫)と密通したことによって勅勘をこうむり、豊後介に左遷されてしまいます。

豊後介(ぶんごのすけ)とは豊後国(現代の大分県)の国司次官。もちろん現地に赴任しなければなりません。

※国司の中には在京のまま務める遥任(ようにん)が認められるケースもありました。

現地で家庭を築くが……。
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