貴族から盗賊への”完全なる闇落ち”!悪へと染まった平安貴族「藤原保輔」の悪行の数々 (3/3ページ)

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保輔のそのような死に方は日本最古の切腹の事例となっています。

最後に

平安貴族のイメージはお淑やかで争いを好まない印象を強く持っていたので、藤原保輔のような貴族から盗賊に堕ちていった人物がいたことで平安貴族のイメージが覆ります。

当時は権力争いが盛んにおこなわれていたので、そのような勝った負けたの負の部分があったからこそ保輔のような人物ができてしまったと考えることもできそうです。

参考:関幸彦『武士の原像 都大路の暗殺者たち』

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