貴族から盗賊への”完全なる闇落ち”!悪へと染まった平安貴族「藤原保輔」の悪行の数々 (1/3ページ)
平安時代、栄華を誇った藤原氏ですが、中には盗賊に堕ちてしまった人物もいました。その人物は藤原保輔(ふじわらの-やすすけ)で『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』などで登場する盗賊、袴垂のモデルとされる人物です。
今回は藤原氏が生んだ盗賊、保輔が行った悪行の数々を暴いてみたいと思います。
藤原保輔がモデルとされる袴垂(右)/Wikipediaより
れっきとした貴族の藤原保輔
保輔の父は藤原致忠(ふじわらの-むねただ)で従四位下の官位を叙任されていました。もちろん、保輔も正五位下の官位を叙任されており、貴族としての一面も持っていました。
また兄には武芸に優れ、道長四天王の1人として数えられた藤原保昌(ふじわらの-やすまさ)がいます。
保昌は冒頭で記載した説話集で袴垂に衣服を狙われますが、結局奪われることなく逆に衣服を与えたら、袴垂が逃げ出してしまったという2人に関係する説話を持っています。