【光る君へ】大和源氏の祖は”殺人の上手”!?藤原道長に仕えた平安時代の武将・源頼親の生涯:その1 (3/4ページ)
貴族から盗賊への”完全なる闇落ち”!悪へと染まった平安貴族「藤原保輔」の悪行の数々
これによって、致忠は佐渡国へ流罪となり、政治的に没落することになります。頼親の母がこのような状況を目の当たりにしていたことは、彼の人生にも少なからぬ影響を与えたでしょう。
このように、頼親は父方・母方ともに波乱万丈な家庭環境の中で育ちました。父・満仲の築いた強固な武士団と、母方の藤原家とのつながりが、頼親の武士としての人生を形作っていくことになります。
盗賊袴垂(右)と藤原致忠の子・藤原保昌(左)。袴垂のモデルは藤原保輔とされる。
盗賊追捕と「武勇人」としての台頭頼親は若い時には検非違使として出仕。左兵衛尉や左衞門尉として盗賊退治に関わっていきました。
正暦3(994)年、頼親の叔父の満政や弟の頼信、平維将らと共に、京やその周辺で盗賊の追捕を行った記録が残っています。この時期の頼親は、すでに「武勇人」としてその名を知られ注目されるようになりました。
