男専門に体を売る若き美少年……江戸時代の男娼「陰間」は出身地により「格」が違った【後編】 (4/5ページ)

Japaaan

両者とも同じ時期に病死をしたために、「死絵」(人気役者が死亡すると訃報と追悼のために描かれるもの)も、三津五郎と菊之丞が二人セットで描かれました。

三代目板東三津五郎、五代目瀬川菊之丞の死絵(歌川国貞)

「陰間茶屋」遊びが大盛況だった当時、江戸にある全陰間茶屋には225人ほどの陰間がいたそうです。

当時、男色は特別なものではなく色の道を追求する趣味人としては「男も女も性を味わう」というような考えがあったそうで、文化人などもごく普通に陰間買いをしていました。

若く幼くまだ男になりきっていないジェンダーレスなところが好まれていた陰間。

引退後は、小間物問屋などの奉公人として働き普通の町民になる人もいれば、そのまま女性客相手に売春をする「年増陰間」と呼ばれる男娼になる人もいたそうです。

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