【光る君へ】五十日の儀で源倫子が退席した本当の理由は?藤式部が「いかにいかが…」と詠んだ場面を振り返る (4/6ページ)
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※『紫式部日記』寛弘5年(1008年)11月1日条
【意訳】道長は「和歌を一首詠め。出来次第では許してやろう」と言ってくる。
恐ろしくて仕方ないが、詠まない訳にはいかない。
「いかにいかが……」
これを聞いた道長は、お気に召したのか二度ほど私の和歌を繰り返し口にした。
「よい歌だ。されば私も」道長はすぐに返歌を詠む。
あしたづの 齢しあらば 君が代の千歳の数も かぞへとりてむ
(私に鶴の如く千年の寿命があれば、若宮様と共に長生きできるのになぁ)
日ごろから本当にそう思っているからこそ、酔っ払っていてもすぐに詠めるのだと感心させられた。
道長の自画自賛
……げにかくもてはやしきこえたまふにこそは、よろづのかざりもまさらせたまふめれ。千代もあくまじき御ゆくすゑの、数ならぬ心地にだに思ひ続けらる。
「宮の御前、聞こしめすや。仕うまつれり」と、われぼめしたまひて、
「宮の御父にてまろ悪ろからず、まろがむすめにて宮悪ろくおはしまさず。母もまた幸ひありと思ひて、笑ひたまふめり。良い夫は持たりかし、と思ひたんめり」
と、たはぶれきこえたまふも、こよなき御酔ひのまぎれなりと見ゆ。