幕末の箱館戦争を生き残った謎多き新選組隊士「中島登」失敗と成功を繰り返したユニーク人生 (1/2ページ)

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幕末の箱館戦争を生き残った謎多き新選組隊士「中島登」失敗と成功を繰り返したユニーク人生

先日の記事でチラッと触れた新選組隊士・中島登(なかじまのぼり)。彼は『戦友絵姿』で人物紹介付きの姿絵集を描いた隊士として知られています。

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中島登(Wikipediaより)

彼は天保9年2月2日(1838年2月25日)、武州多摩郡小田野(現在の東京都八王子市)の農家に長男として生まれます。そして安政3年(1856年)、19歳で天然理心流・山本満次郎に入門。近藤勇らと知己の仲となりました。

元治元年に近藤が東下した際に正式に入隊を申し込みますが、正式入隊の前に江戸偵察を頼まれます。それからは新撰組隊士ということを隠して陰から隊を支えます。

慶応三年に上洛し正式に入隊。翌四年には鳥羽伏見の戦いを経て転戦し、土方と共に蝦夷・函館まで渡り、明治2年に弁天台場で明治政府に降伏します。

流山で近藤勇が新政府軍に投降した際には、助け出そうとこっそり同行役の薩摩藩士・有馬藤太を追ったものの、監視は厳しく虚しく帰ったというエピソードも。

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