高き理想と強固な決意!「新選組」始まりのきっかけを作った幕末の志士・清河八郎の知られざる一面とは? (2/5ページ)

Japaaan

実は浪士組を結成する以前から、何度も幕府打倒の活動をしていたのです!

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江戸で最初の倒幕活動

清河八郎は、1830年、山形庄内藩の郷士に生まれました。若い頃から学問や武術に励み、自他ともに秀才と認識。

15歳のときに「このまま人生を無駄にしてなるものか。時が来れば江戸に出て天下に名を轟かせてみせる」という日記を書いてます。

その通りに、18歳(1847年)には江戸に出て名門の昌平坂学問所に入学。しかし「期待外れだった、こんな場所から大豪傑が出るわけがない」とけちょんけちょんに酷評した手紙を父親に送っています。

九か月で昌平坂をやめて京都に遊学するも、京都で出会う人々に対しても「万事が軽薄」とけちょんけちょん。「自分以上に優る人物はいない」と日記にしたためています。

剣術としての腕も高く、江戸で名門の千葉道場に入門、のちに師範代になります。

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