高き理想と強固な決意!「新選組」始まりのきっかけを作った幕末の志士・清河八郎の知られざる一面とは? (5/5ページ)

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清河八郎の最期

伝通院にある清河八郎の墓

2月30日には「関東に下り、攘夷を決行せよ」と朝廷から勅諚がくだります。

慌てた幕府も時すでに遅し。3月13日には清河と200人あまりの隊士は江戸へ向かいます。

清河の頭には「5月10日に横浜の外国人居留地を襲撃、そのあと小田原城を占拠し幕府打倒の拠点にする」という構想があったとか。

しかし裏切られた幕府も放置するわけはありません。

清河は4月13日、幕府の見廻組に路上で暗殺されました。享年34歳。そのときは同志の宅からの帰りで、酒に酔っていてなおかつ風邪をひいていたといいます。

このように振り返ると、江戸市中で何度も倒幕活動をしていたのに、江戸市中で酒に酔って一人夜道を歩くなど、あまりに無防備だと思ってしまいますね。

朝廷の勅諚を得た自分を殺すわけがない、という過信があったのでしょうか。自分の理想が正しいと思うばかりに、人心掌握には長けていなかったのかもしれませんね。

しかし34歳で江戸・京都を駆けずり回り、志士を300人も手なずけて朝廷や幕府に働きかけるなど、強固な決意と理想がなければ叶うはずもありません。とても「熱い」武士の一人だったことは確かです。

参考:『新撰組興亡史

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