鎌倉時代、なんと夏に雪が降ったというのは本当か?鎌倉幕府の公式文書『吾妻鏡』の降雪記録がコチラ (4/4ページ)

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及三嶋新宮遷宮之義。陪從。御神樂。有童舞延年等云云。

※『吾妻鏡』建長3年(1251年)8月小3日辛卯

この「今夕雪下」は「今日の夕方に雪が降った」という意味ではなく、「今日の夕方、雪ノ下で……(以下続く)……」という意味なのかも知れません。

雪ノ下は現代の鎌倉市にもある地名(大字)で、雪を貯えておく雪室(ゆきむろ)があったためにそう呼ばれたと伝わっています(諸説あり)。

かつて源頼朝公が夏の暑さをしのぐために、各地から雪を運ばせ、地下室に貯えたそうです。

それで本題に戻ると、鎌倉の雪ノ下に鎮座する三嶋新宮で遷宮神事が行われた……そう解釈できるかも知れません。

仮説③雪室の雪が捨てられた?

もし地面や路上などに雪がばら撒かれて、それを後から見た人が「雪が降った」と勘違いした可能性はどうでしょうか。

それならどっからどう見ても雪ですし、降雪記録②ならばら撒いているところを人が見つける確率は低そうですね。

降雪記録①と③については難しいでしょうし、降雪記録②にしてもなぜわざわざ乱橋に?という疑問は残ります。

あれこれ考えても今のところ決め手はないため、今回はこのくらいにしておきましょう。

もしかしたら、本当に鎌倉時代の夏は雪が降るほど寒い異常気象に襲われたのかも知れませんね。

終わりに

今回は鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』より、夏の降雪記録について紹介してきました。

筆者も鎌倉に永年住んでいますが、夏にそこまで寒かった記憶はありません。

もし本当に異常気象だとしたら、鎌倉の上空でいったい何が起こっていたのか……今後の究明がまたれますね!

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