弥生時代の遺跡で出土する「銅鐸」は何に使われてたの?住居跡からは出土しない理由とは? (2/3ページ)
銅鐸が出土するのは主に近畿地方の遺跡ですが、なぜか住居跡からはまったく発見されません。墳墓からも出てこないのです。
そのほとんどは、小高い丘の上から発掘されます。
これは、銅鐸が個々の家や個人レベルで使われるものではなかったことを示しています。
詳細な利用法は定かではありませんが、基本的に初期の銅鐸は、集落の祭祀で使う楽器のようなものだったと考えられています。
また、出土状況や銅鐸に残された痕跡から、初期の小型タイプはヒモを通して吊るし、内部に石やシカの角で作った「舌」を垂らして、胴体部分か、舌を揺らして鳴らしていたようです。
どのように使われたのか一世紀末からは大型化が進み、銅鐸は音を鳴らして聞くものから、地面か祭殿の床に置いて鑑賞する道具へ変化したようです。鑑賞用とみられる銅鐸の外面には、当時の習俗も描かれています。
小高い丘の上に埋められている理由をめぐってはいくつかの説があり、祭祀が終わると埋めて放棄された説、銅鐸が祭祀に使われなくなって埋められた説、地中で保管され祭祀のたびに掘り出されて利用された説などが挙げられます。
このうち、有力なのは3つ目の保管するために地中に埋められた説です。