江戸時代に「狂歌四天王」として活躍した鹿津部真顔とはどんな人物だったのか?【大河べらぼう】 (4/4ページ)
それまで狂歌界を牽引してきた鹿津部真顔は、寂しさと貧しさの中で文政12年(1829年)6月6日に世を去ったということです。
墓所は光円寺(こうえんじ。東京都文京区小石川)にあり、今も静かに眠っています。
終わりに菓子壺に 花も紅葉も なかりけり 口さびしさの 秋の夕ぐれ
【意訳】お菓子入れに何にも入ってないから、口淋しく感じる秋の夕暮れであった。
※藤原定家「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮(新古今和歌集)」のパロディ。
今回は狂歌四天王として活躍した鹿津部真顔について、その生涯をたどってきました。その名が示す通り、しかめっ面の真顔で狂歌を嗜んでいたのでしょう。
果たしてNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華之夢噺~」では、どんな活躍が描かれるのか、今から楽しみにしています!
※参考文献:
岡本勝ら『新版近世文学研究事典』おうふう、2006年2月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan