江戸時代、吉原遊廓で活躍した「男芸者」とは?『吉原細見五葉松』よりその顔ぶれを紹介【大河べらぼう】 (3/6ページ)
吾妻路宮古太夫(あづまじ みやこだゆう)
※浄瑠璃の太夫(語り手)として、その名跡が襲名されています。その何代目かと考えられます。
春富士陸奥太夫(はるふじ むつだゆう)
※詳細不明。その芸名から陸奥国(現代の青森・岩手・宮城・福島4県)の出身なのでしょうか。
富木豊善太夫(とみき ぶぜんだゆう)※浄瑠璃「富本節」の名跡・富本豊前太夫(二代目)かと考えられます(富木は富本、豊善は豊前の誤字か)。
常盤津安和大夫(ときわづ あんなだゆう)※詳細不明。浄瑠璃「常磐津節」の名跡・常磐津文字太夫の一門ではないでしょうか。安和の読みは推測です。
常盤津大和大夫(ときわづ やまとだゆう)※こちらも常磐津一門。芸名から、大和国(奈良県)出身と思われます。
富本加賀路大夫(とみもと かがじだゆう)※詳細不明。富本豊前太夫の一門でしょう。出身地は加賀国(石川県南部)なのでしょうか。
名見嵜徳治(なみさき とくじ)※万延2年(1861年)中村座「顔見世番付」に同姓同名が見えます。時代が合わないため、代々襲名しているのかも知れません。
鳥羽屋里慶(とばや りけい)※盲人。姓は故沢(こざわ?)、別名を鳥羽屋里桂(読み同じ)とも。2代目鳥羽屋里長(長唄豊後節の三味線方を務める名跡)。(1797年)に襲名、(1820年)ごろまで活動の記録があります。
名見嵜兵助(なみさき へいすけ)※文化2年(1805年)中村座「顔見世番付」にその名がみえる。こちらは当人でしょうか。
名見嵜市太(なみさき いちた)※詳細不明。
名見嵜八五郎(なみさき はちごろう)※万延2年(1861)中村座「顔見世番付」にその名が見えます。こちらも襲名と思われます。
荻江藤兵衛(おぎえ とうべゑ)※喜多川歌麿の浮世絵「青楼仁和嘉女芸者之部 浜音頭里の賑ひ」にその名がありました。