大河『べらぼう』花魁・花の井は実在の人物!吉原屈指の名妓「五代目 瀬川」の数奇な人生【後編】 (3/6ページ)
親交の深かった遊女が落籍されたときに
「きみまいらせ候処、此里の火宅をけふしはなれられて、涼しき都へ御根引の花、めづらしき御新枕御浦山敷事はものかは……(続く)」という手紙を送っています。
内容は「つらいこの里を離れて住みやすい都に落籍されていくあなた。うらやましいことですが、私が得意な易で占ってみるとお相手とあなたの相性がよく、めでたい仲でした」
という、吉原をあとにする遊女の将来を励ますような文藻(ぶんそう/詩文を作る才能)にあふれたお祝いする内容でした。
五代目瀬川となった花の井
当道座の盲人。正装した検校(右)に挨拶する無官の盲人。寛政年間 wiki
そして、そんな四代目の跡を継ぎ、五代目瀬川となった花の井は、安永4年(1775)に、鳥山検校(とりやまけんぎょう)という人物に落籍されます。
「検校」というのは名前ではなく、室町時代以降の「盲人の中での最高の位」を表すことばです。