顔も見たくない!?隣国で忌み嫌われた日本の紙幣ベスト3【前編】 (2/3ページ)
1930年の第一銀行本店。第一国立銀行が一般銀行に改組し第一銀行となった(Wikipediaより)
この支店開設をきっかけに、日本の通貨が朝鮮に流通し始めます。
しかし、日清戦争後の三国干渉(1895年)などにより朝鮮国内でロシアの影響力が強まると、貨幣制度の改変のため日本通貨の流通が縮小します。
そこで、第一銀行(もと第一国立銀行)は1902年に銀行券を発行しました。
その銀行券は実質的な紙幣として流通し、1905年には韓国政府が正式な紙幣と認定しています。
金銀なら万国に通用しますが、紙幣は信用の裏づけがなければ単なる紙切れに過ぎません。だから、信用のある第一銀行から発行された紙幣を承認せざるを得なかったのです。
その紙幣に描かれていたのが、当時頭取だった渋沢栄一の肖像でした。
そうです。歴史上、渋沢栄一の肖像が紙幣に使われたのは、実は二度目だったのです。
ところが、この渋沢が韓国では嫌われているのです。
忌み嫌われる渋沢栄一渋沢栄一といえば少し前の大河ドラマで有名になり、明治時代に日本経済の近代化を成し遂げた最大の功労者として知られています。
彼は、1873(明治6)年に第一国立銀行を設立した人物でもあります。
近代の韓国で最初となる紙幣に、「侵略者」である日本人の肖像が描かれているということは韓国の人々にとって屈辱に感じられたようです。