顔も見たくない!?隣国で忌み嫌われた日本の紙幣ベスト3【後編】 (3/3ページ)

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伊藤博文像

明治時代に4回も総理大臣を務めた伊藤博文は、日露戦争後の1905(明治38)年11月、第2次日韓協約により統監府が設置されると初代統監に就任しました。

そのため、韓国国民には、日本の韓国侵略を象徴する人物と理解されたわけです。

その後、1907(明治40)年の第3次日韓協約により韓国は内政権を奪われ、軍隊も解散させられてしまいました。

その結果、抗日武力闘争を展開する義兵運動がさかんになり、1909(明治42)年、そのリーダーの一人である安重根により、伊藤博文は中国のハルビン駅頭で射殺されてしまいます。

この事件をきっかけに、翌年には韓国の全統治権を日本が持つこととなりました。韓国併合です。

こうした経緯もあり、韓国の人にとって伊藤博文は独立国の尊厳を奪いとった許すことのできない人物として考えられているのです。

参考資料:執筆・監修阿部泉『明日話したくなるお金の歴史』清水書院、2020年

画像:photoAC

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