江戸時代、両替商が「為替(かわせ)」の仕組みを劇的に発展させた!幕府の難題を解決した三井越後屋 (2/4ページ)

Japaaan

関連記事:

江戸時代の貨幣計算のややこしさに驚け!当時はなぜ「両替商」が経済に不可欠だったのか?

さすがの徳川家康、貨幣制度まで統一!江戸時代はどのような貨幣が流通していたのか?

三井越後屋が請け負った大仕事

1690(元禄3)年、江戸の御金奉行が、「大坂御金蔵銀御為替御用」の役目を請け負う両替商を募集しました。

大坂にある幕府の蔵屋敷には、幕府の直轄領などから年貢米などのさまざまな物資の売却代金や運上金などが集められます。

大坂御金蔵銀御為替御用とは、蔵屋敷から何万両もの銀貨を「御用金」として受け取り、二か月後に江戸の御金奉行に上納する役目です。

それまでは、上方から江戸まで東海道経由で現金を運んでいましたが、それを為替によって行おうというのです。

呉服商としてすでによく知られていた三井越後屋は、その役目を請け負うことにしました。三井越後屋は、自分のところの仕入と販売のシステムを活用して、この難題をクリアすることになります。

「江戸時代、両替商が「為替(かわせ)」の仕組みを劇的に発展させた!幕府の難題を解決した三井越後屋」のページです。デイリーニュースオンラインは、三井高利三井越後屋両替商為替江戸時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る