江戸時代、両替商が「為替(かわせ)」の仕組みを劇的に発展させた!幕府の難題を解決した三井越後屋 (3/4ページ)

Japaaan

ご存じ、三井家の基礎を築いた三井高利(Wikipediaより)

三井越後屋の本業は呉服商ですから、商品は京都の西陣織や友染の絹織物、また丹後縮緬、河内木綿などの反物が多く、上方から仕入れることが殆どでした。

一方、商品が売れるのは主に江戸ですから、売れた代金を上方に送り、次の仕入れに備えなければなりません。

つまり三井越後屋の売り上げは江戸から上方に送金し、幕府の御用金は反対に上方から江戸に送るので、本来なら現金が行き違うことになります。

難題を解決してさらなる発展

そこで三井越後屋は、大坂にある幕府の御用金蔵から銀貨を受け取って仕入れ金に回し、江戸の店舗の利益から御用金を金貨で幕府に納めることにしました。

こうすれば本物の現金を動かす手間は最低限で済みます。よって人手と時間をかけずに、しかも安全に、幕府と三井越後屋の両方に現金を納めることができるわけです。

ちなみに幕府や諸大名は蔵物を大坂で換金し、大坂の両替商から江戸の両替商にあてて振り出した為替手形にかえて江戸の両替商から支払いを受け、幕府財政や江戸屋敷の費用を賄うという方法を採用していました。

こうした方法が実現できるわけですから、三井越後屋のような両替商の存在は頼もしかったことでしょう。

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