隣から声が筒抜け!吉原遊廓「切見世」の仕切りはなんと襖1枚…どんな場所だったのか?【大河 べらぼう】 (5/6ページ)
年季奉公が明けた遊女たちは基本的に自由の身となれるものの、中にはまだ借金が残っている者も少なくなかったようです。
また嫁ぎ先のあてもなく、遊女以外に飯を食うすべを知らない遊女たちもいたでしょう。
そんな遊女たちが定年制度のない切見世に身を寄せ、1坪ばかりの空間で寝起きし、働き続けたそうです。
他にも警動(取り締まり)や私刑などで岡場所(非公認の色街)を追われた遊女らが転がりこむこともありました。
何とか次の行き先を見つけるまで、切見世で我が身を切り売りしていたのでしょう。
泣く子も黙る?羅生門河岸とは
そんな切見世が連なる裏通りには区域別に別名があったそうです。
浄念河岸(じょうねんがし)→江戸町一丁目と二丁目の裏道 西念河岸(さいねんがし)
→京町一丁目の裏道 羅生門河岸(らしょうもんがし)
→京町二丁目の裏道
西念河岸とは西念寺(東京都新宿区)、浄念河岸とは浄念寺(東京都台東区)に由来するのでしょうか。
それにしても羅生門河岸とは、何だか怖い名前ですね。
この通りに蟠踞(ばんきょ)する遊女たちは気性が荒……もとい商売上手で、強い……もとい巧みにお客を店内へ引きずり込……もとい惹きつけたことから、羅生門の鬼伝説に準(なぞら)えたと言います。
もし億が一、吉原遊廓の裏道をひやかされる御用がありましたら、羅生門河岸の遊女たちにはお気をつけくださいね。