田沼意知(宮沢氷魚)に家系図を渡した佐野政言(矢本悠馬)とは何者?その家系図をたどる【大河べらぼう】 (2/4ページ)
勝川春亭筆
……佐野正安(與八郎)-佐野正吉(與八郎)-佐野正長(與八郎)-【別家】佐野政之(五兵衛)-佐野政朝(傳右衛門)=佐野政矩(善左衛門)-佐野政武(傳右衛門)-佐野政豊(傳右衛門)-佐野政言(断絶)
※『寛政重脩諸家譜』巻第八百五十二 藤原氏(秀郷流)佐野
佐野家は藤原秀郷(ふじわらの ひでさと)の後裔を称しており、たどれる限りの初代・佐野正安から代々徳川家(松平家)に仕えてきました。
代々の佐野家当主について、たどっていきましょう。
初代から政言の父まで 初代・佐野正安(まさやす)生没年不詳。松平清康(家康祖父)に仕え、三河国大幡を領す。御油縄手の合戦に武功。 2代目・佐野正吉(まさよし)
大永元年(1521年)生~元和7年(1621年)5月2日没。松平広忠(家康父)・徳川家康・徳川秀忠に歴仕。 3代目・佐野正長(まさなが)
永禄7年(1564年)生~寛永3年(1626年)5月16日没。家康に仕え、千姫の家老に。 4代目・佐野政之(まさゆき)
生年不詳~正保2年(1645年)2月28日没。徳川秀忠に仕え、御小姓組を務める。 5代目・佐野政朝(まさとも)
生年不詳~寛文12年(年)3月17日没。小普請、大番を務める。 6代目・佐野政矩(まさのり)
生年不詳~正徳元年(1711年)7月28日没。実父は佐野政宣(政之の兄)。従弟である政朝に養子入りする。 7代目・佐野政武(まさたけ)
天和元年(1681年)生~寛延元年(1748年)1月29日没。徳川綱吉に仕え、御小姓組を務める。 8代目・佐野政豊:正徳3年(1713年)生~天明7年(1787年)5月27日没。徳川家重に仕え、大番・新番を務める。
